2011年3月11日の東日本大震災から海外移住した日本人から見る熊本地震
4月14日の熊本地震から1週間が経った。
この災害は海外、今僕が住むタイでも連日大体的にニュースで報道されている。
タイ人でも知らない人はいないほど、大きく取り上げられている。
4月14日夜、熊本地震発生当時、僕はタイのバンコクにいた。
この時期、タイはソンクラーンという旧正月の時期の祭日にあたり、お祭り、祝い事が至る所で開かれていた。
僕自身もその当時、お祭り気分で、昼夜問わず、遊び呆けていた。
そして、このタイのお祭りの情報をブログに載せようと思っていた。
しかし、この熊本地震のニュースの一報を聞いて、投稿するのは全てやめることにした。
子供、親、友人を失ってしまった人の気持ちを思うと、軽い気持ちで、ブログなんか更新する気持ちになれなかった。
そして、この熊本地震から1週間が経ち、ニュースを見るたびに、日々、目を通すたびに強く感じることがあった。
自然は恐ろしい。
自然災害の中でも地震は最も恐ろしい。
避けようがない。
一瞬で人の生活、人生、何もかもを奪っていく。
お別れを言う事すらできない。
なんの前触れもなく、本当に一瞬で何もかもを奪っていく。
僕自身も5年前の東日本大震災で人生が大きく変わってしまった一人だ。
なんの前触れもなく、地震が来て、原発が爆発し、僕は海外へ移住した。
今回の熊本地震をみて、海外へ移住した僕は、強く感じる事があった。
海外移住した日本人から見る熊本地震
今回の熊本地震から1週間経ち、次第に、被害の全貌が明らかになってきている。
建物は倒壊し、10万近い人たちが避難を余儀なくされている。
とても、大きな地震で、5年前の東日本大震災のとき以来、最大の地震だと感じている。
この熊本地震をみて、僕はまず驚いた。
なぜなら、関東や東海地方で大きな地震が来るだろうとずっと言われていたからだ。
関東地方では、いつ来てもおかしくないと言われていた状況での今回の熊本地震は予想外、想定外の出来事だった。
熊本地震の一報を聞いた時、まずこの九州にある原発が大丈夫なのか心配になった。
なぜなら、昨年8月11日に川内原発が臨界に達し、再稼働していたからだ。
今回幸いにも地震の被害だけで、津波やこの川内原発も事故は発生していない。
津波、原発事故が発生していたら被害は甚大になっていただろう。
これは不幸中の幸いだったと強く感じている。
原発再稼働についてはやっぱり僕は一貫して再稼働反対を主張したい。
たとえ、経済的に原発が最も有利・効率的だろうとも、廃炉に時間がかかろうとも、原発だけはもう使用しないで欲しい。
今回の地震災害を見て、5年前の事故を教訓とするべきなんだと今さらに強く感じる。
再稼働に動いたこと、全国の原発が再稼働に向けて動き出そうとしていること。これは間違いなんだと改めて強く思った。
僕は九州男児でもなければ、九州に住んだこともないけれど、サーフィンには行ったことがある。
鹿児島、宮崎は最高だった。だから僕は九州が大好きだ。九州でサーフィンしたことがあるひとなら分かってくれるはずだ。
そして、絶対に福島と同じ状況にはしてほしくない。今回幸いにも原発は問題なかった。
でも、地震はいつどこで起きるか、そして、原発が異常になってしまうかは誰にも予測できない。
原発は絶対に安全ではないし、想定外のことも考えておかなければならない。
5年前に福島が教えてくれた。サーファーだったら原発再稼働反対に頷いてくれるはずだ。
2011年海外へ逃亡した当時のことを思い出した
熊本地震の一報を聞いて、数多くのニュースを見ているうちに、
自分が経験した2011年の3.11の大地震当時の状況がフラッシュバックされた。
その当時、僕は東京で仕事をしていた。
震源地ではなかったが、東京でも物凄い長く、そして、強い揺れを感じた。
あのときの恐怖を思い出した。
津波、福島原発事故を目の当たりにして、僕は日本を後にした。
僕の会社で働いている外国人たちは地震が起きた金曜日の週末が明けた月曜日にほとんどがいなくなった。
みな海外へ出国していた。逃げていた。
僕は地震が起きて、原発事故が起こり、彼ら外国人と同じように、すぐに海外へ逃げたわけではない。
会社にも話をつけて、仕事の整理もしてから2011年に海外へ逃亡した。
怪我や命に関わる被害にはあっていない。
しかし、日本の家族、友人、キャリアなど作り上げてきた物すべてを捨てて海外に逃げた。
2011年3月11日の地震で、僕自身の人生も大きく変わってしまった一人だ。
地震で人生が変わった日本人の一人なのだ。
その当時は本当に自分はただ、ただ恐ろしさから、日本から逃げた人間だった。
自分が無力であることも改めて実感した
2011年当時のことを思い出し、そして、改めて自分が無力であるとも感じた。
残念ながら、熊本の状況を見て、今の僕には何もすることができない。
そして、日本にすらいない。
僕の家族も友人もみな日本で生活している。
自分の置かれた状況、自分が作り出した環境を思うと、僕は自分が本当に日本人なのかとさえ感じる。
今の僕に出来るのは、祈ることくらいしかできない。
今自分の環境考えると、何も変わっていない。
本当に無力で、何もできない自分を情けなく思う。
今強く感じる事。海外逃亡した日本人の使命
2011年、僕は海外へ逃げたが、
海外に逃げた日本人ではなく、日本のために海外に渡った日本人になりたいとも強く思い返すことに至った。
熊本地震発生から僕はブログを書く気分になれなかった。
色々とこの数日は色々なことを考えていた。タイに来てからのことを思い返していた。
今僕にできることというのは、今の仕事を精一杯頑張ることそして、このブログで情報をもっと記載していくことだと考えるに至った。
短かにいる周りの人を幸せにできない人が、他人、ましては被災に遭っている人なんか助けられるわけない。
僕は今の仕事を精一杯頑張ることが、今の自分にできる自分の力量なんだと感じた。
そして、このブログでも、これからも、海外の情報を少しでも多く記載していきたい。
これは、海外に出たほうがいいと言うことではない。
日本で暮らしたほうがよっぽど幸せになれると僕は海外に出て強く感じている。
矛盾しているように思えるかもしれないが、海外に出て、日本は本当に最高な国だと感じる。
でも、海外に出て、これから海外で挑戦したいと考えている日本人もいる。日本が合わない日本人もいる。
そういった人たちに対して、少しでも多くの日本人に海外の情報を届けたい。海外が一つの選択肢になって欲しい。
そして、ほんの少しでも多くの日本人が幸せになって欲しい。
僕はいつまで海外にいるかわからないけれど、海外にいる間は少しでも情報を発信したい。
そのために僕は海外移住した日本人として、日本では知り得ない情報を記載していきたい。
出来ればわかりやすく、楽しんでもらえるように、うそ偽りない僕なりの情報を発信していきたい。
海外にいる僕も母国である日本のために何かをしたい。これが海外に移住した僕の使命だと今強く感じる。
最後に
この度の熊本地震災害において、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
避難している方々に二次災害などが起こっていて、余震も続いているので絶対に安心とはいかない状況が続いています。
そして、多くの日本人による、懸命な救助活動が今もなお、行われ続けています。
熊本の被害に遭われてしまった被災者のひとたちのために、尽力の限り働いている日本の自衛隊、消防隊、多くの皆様に感謝の意を表したいです。
一刻も早く復興に向かい、熊本、九州の人たちに笑顔が戻っていくことを願っています。