タイの良いところ 鬱病完治

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タイの良いところとして今回は完全に個人的な私の実体験の話をしたいと思います。
これは全ての人に当てはまる事ではないと思いますので、予め私の経験として軽く眺めて頂ける程度で閲覧して頂けると幸いです。

もし、あなたが鬱病で私の経験が少しでもあなたの役に立てばと思いこの記事を書く事にしました。

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私の鬱病発症と完治までの簡単な経緯

私は重度では無かったのですが、日本にいた際は鬱病の病状を持っていました。
仕事が忙し過ぎた所から、常に仕事の事を考え、悩み、気分が晴れない気持ちが晴れない状態が数年続いていました。
タイに海外移住した2011年頃まで続いていました。
タイに来てから気付いたらこのような鬱病の病状は綺麗さっぱり無くなりました。
今思うと何だったんだあの数年間は、、
タイに来て気付いたら鬱病が完治していたのです。

今回は私の実体験を鬱病発症からタイに来て気付いたら完治するまでの経験を記載していきます。

鬱病の発症

日本での外資系仕事環境

私は日本では外資系企業でITエンジニアをしていました。
日本人が7割、外国人が3割程の比率で比較的日本にある外資系企業の中でも外国人が多い会社だったと思います。
外国人が多いため、オフィスは一般の日本の作り、雰囲気とは違いラフな雰囲気に満ちていました。
各デスクも割と大きなスペースが割り当てられ、カフェを飲むスペースもあり非常に良い環境の仕事場でありました。
スーツを着る事もあまりなく、Tシャツにジーパンのようなスタイルで仕事も可能でした。
勿論お客さんの所に行く際はスーツを着ますが、基本的には自社作業が多かったのでスーツをビッシリ着てネクタイを締めて働くという事は稀でした。
一緒に働く外国人の同僚も陽気な感じの者が多く、人間関係も特に問題ありませんでした。
今考えても仕事環境は比較的恵まれていた方だと思います。

やりがいのある仕事

私の会社は外資系のメーカーで自社製品を日本仕様、日本のお客さんの要望に沿った形で製品のカスタマイズをして導入を主に行う企業でした。
私は日本のお客さんの要望を聞き入れ、要望に沿った形でデータの作り込みを行い、製品の導入を実施する事が主な仕事内容、タスクでした。
日本 特に東京は世界的に見ても非常に有数且つ重要なマーケットです。
日本で成功する事が世界でも成功する、通用する事の証になると考えており、日本市場は世界的に見ても重要であるという会社の方針がありました。
実際世界初の製品導入、トライアル試験等の重要なプロジェクトにも入って仕事をしていました。
私はお客さんと仕様を決め、自社の施設でデータの作り込み、試験、市場への導入を主なタスクとして行っていました。
重要な仕事が出来ているという充実感はあり、プロジェクトをやり終えた時の達成感も半端が無いほど嬉しい事でした。
やりがいは非常にある仕事だったと思います。

給料

給料は外資系企業であった為、一般の日本企業の同期よりは貰っていました。
保障等を考えると日本企業の方が良いのかもしれませんが、外資系企業は一般的に業績が良ければその分給料も良いという印象です。
私が在籍していた期間はリーマンショックの際に人員削減を行いますが、それ以外は基本仕事が常にある状態で業績は非常に良かった為、
給料も業績に比例して払われていました。
お金、給料については実家暮らしで独身であった為特に不自由も無く、また重要でもないと考えていました。
よって給料についても問題ありませんでした。

仕事の忙しさとプレッシャー

環境は良く、人間関係と給料も問題なし、やりがい、充実感のある仕事が出来ている。
しかし、私の仕事は尋常じゃない程忙しく毎日終電、徹夜は当たり前。
導入した製品に問題が起こるようなら、夜中の3時だろうが、休日で休みだろうが、休暇を取り海外に息抜きに出ようが24時間いつでもどこにいても電話が掛かってきて叩き起こされ現場に向かわなければならないという状態でした。24時間仕事をしないといけない。
実際問題はしょっちゅう発生し、現場に向かう事は多々発生していました。
机上で行い試験を実施して良い結果を出しても、実際の市場、現場では予期せぬ事が起こるものです。
あまりに忙かった為、あまり仕事の詳細な記憶も無いくらいでした。
一つ覚えているのが2010年の南アフリカワールドカップの際に毎日徹夜しており、仕事をしながら携帯片手に真夜中に一人で日本戦を見ていました。
これはワールドカップであり、特別な事であった為覚えているのであり、その時に何の仕事をしていたか未だ思い出せません。
基本は思い出そうとしてもあまり思い出せない程色々な仕事を忙しくこなしていました。
常に時間に追われるの仕事の忙しさでした。

また、社員数は多くなく、社員は少数精鋭で足りない分はプロジェクト毎にアウトソースを雇い回していました。
必然的に社員のプレッシャーは高くなり、問題を起こせばインシデントレポートという形で社内の掲示板に問題の内容と問題を起こしたチームが吊し上げられるのです。
常に問題、失敗を起こした際の恐怖と隣り合わせだったのです。

IT業界であればどこも同じように超多忙、寝れない、問題との対応を迫られる、時間に追われるというのは共通したことだと思います。
皆さんの中にもIT業界であれば同じような経験をしているのではないでしょうか?

仕事の忙しさ、プレッシャーから次第に心身共に疲れていったのです。

私の鬱病病状

私の鬱病の病状は下記になります。

  • 何をしていても仕事の事を考えてしまう
  • 誰か失敗しようものなら、怒り狂って怒鳴ってしまう。イライラした状態が良く起こる
  • 常に失敗の恐怖に怯えている
  • 会社に行くのが億劫になる
  • 気分が落ち込む
  • 趣味、自分が好きな事をしている際も楽しいと感じられなくなった

私の趣味はサーフィンです。
最終的に自分が大好きなサーフィンをしている時もあまり楽しいと感じられなくなっていました。
かなり酷い状態だったと思います。

この状態は2011年東日本大震災が起こるまで続くのですが、
私は2011年の東日本大震災を境にこの会社を退社し、タイに海外移住をすることになりました。

タイに来てから鬱病完治

このような酷い状態でしたが、タイに来て気付いたら完治していました。
私の鬱病は会社を辞めてからもしばらく続いていたため、会社を辞めた事が直接の原因ではなくタイに来て海外移住した事が鬱病を完治出来た直接の原因だと思っています。
未だ詳細な理由は自分でも分かっていないですが、タイに来て下記のような事が多くの事を体験して完治したんじゃないかなと思っています。

タイ人は毎日精一杯生きている

タイはまだまだ日本と比べると貧しいですが、精一杯生きようと必死になっている姿を毎日目の当たりにしました。
日本も第二次世界大戦 戦後は生きるのに必死だった、毎日精一杯生きようとしていたと思います。
今現在日本には40万人の鬱病患者がいるようなのですが、日本が戦争中、戦後に鬱病患者は何人いたのでしょうか?
私が考えるにその当時は鬱病になっている暇も無いほど皆生きるのに必死だったんじゃないかなと考えています。
戦後の日本人のような人たちのようにタイ人は毎日必死に生きています。

タイ バンコクの街中は躍動感、生き生きとしている

タイの街中はいつも人で賑わっています。
至る所で屋台、モノ売りがいて、日本の夏祭りが毎日行われているような感覚です。
タイはタイ人だけでなくタイの街自体も生き生きとしています。

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タイ人の考え方、悩むのは時間のムダ、マイペンライ精神

タイ人と働いていると彼らはよくマイペンライ、問題ないと口にします。
問題があろうが、なかろうが、関係なくマイペンライなのです。
私なりの経験で解釈するとタイ人自身も物事の問題の本質は分かっています。
本当に問題の時でもマイペンライと口にするのは悩むのは時間のムダ、どうするか考えようとタイ人なりに行動を起こしています。
悩むのは時間のムダ、これはタイ人のマイペンライ精神に非常にマッチしています。

私の鬱病完治経験を記載しました。
実際に何が原因で完治したかは分かっていないのですが、
もしあなたが少しでも鬱病や気分が優れないことがあればタイに旅行で来たり、海外移住してみて試してみるのもアリなのではないかと思います。
実際に私はタイに来て、鬱病完治が出来ました。
今の私はタイ人と同じように毎日精一杯生きようと必死です

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