プミポン国王崩御-タイ人誰からも愛される偉大な人物だと改めて実感した

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本日2016年10月13日(木)タイ時間19時にプミポン国王死去のニュースが突如流れた。

この訃報のニュースが流れたとき、僕はバンコクのオフィスでまだ仕事をしていた。
すでに18時の段階でツイッターやFacebook上で、不穏な情報が流れていることは知っていた。

しかし、SNS上で流れてくる情報は信じられない。
心の中では誤った情報だと思っていた。

「信じたくない。」
誤った情報であって欲しいと思っていたと言った方が正確かもしれない。

「どうにか頑張って生きて欲しい。嘘であって欲しい。」
そんな不安な気持ちを抱えながら、オフィスで仕事を続けていた。

それから数十分後、
19時に国営放送が急遽流れ、プミポン国王が崩御されてしまったことが正式にニュースとして発表された。

突然ではないにしても、このニュースを知った時、僕は非常に動揺した。
二日前に、国王の容体が不安定であるという王室から発表されたニュースも目にしていた。
先週の段階で不穏なニュースが流れていたことも聞いていた。
いづれくるとは思っていたけれど、この訃報のニュースはあまりに突然のように感じた。

オフィスを見渡すとまだ職場に残っていたタイ人のほんの数人も、みな携帯を手にしてこの訃報を知ったようだった。
彼らタイ人は特に慌てる様子もなかった。

しかし、実際は動揺しているけれど、平静を装っているような印象を受けた。
僕の経験上、タイ人は自分の感情をそこまで露わにはしない。
タイ人は人前で怒ったり、自分の感情を露わにするのを良しとしない。
心の中では非常に動揺しているけれど、他人にわかる形で感情を露わにしていないだけだと感じた。

僕はこのニュースを聞いて、仕事は終わっていなかったけれど、早めに切り上げて帰路につくことにした。

デスクのノートパソコンを閉じ、荷物をまとめてオフィスを後にした。
20時過ぎ、オフィスを出て、外に出てみると、バンコクの街はいつもと変わらなかった。
通りのお店が閉まることはなく、電車やタクシーなどの交通機関もいつも通りだった。

自宅までの帰路はいつもと変わらないバンコクの街並みだった。

でも、なんとなく、みな表情が暗いような気がした。
いつも以上に携帯を眺めている人が多いようにも感じた。
みな国王のニュースを見ているに違いないと思った。

そして、職場のタイ人と同じように、自分の感情を抑えているようにも見えた。
BTS(タイの高架鉄道)の車内では、自分の感情を抑えきれずに、涙を流しているタイ人女性を目にしたりもした。

電車の中で、僕は自分の携帯でFacebookとツイッターをチェックした。
SNSではプミポン国王崩御の内容で埋め尽くされていた。

SNS上のタイ人のやりとりを見ていて、少しづつ、プミポン国王が本当に亡くなってしまったことを僕は実感しつつあった。
皆がみな本当に悲しみに暮れている、皆から愛された国王だったと、つくづく感じた。

数分後、BTSを降りて、自宅のコンドミニアムにつき、テレビをつけると、テレビでは全てのチャンネルでプミポン国王の功績を讃える番組が放送されてた。
この放送は、この記事を書いている今現在もまだずっと続いている。

プミポン国王が死去されたことは、いづれくると心の中で覚悟をしていたけれど、現実になってしまったと改めてテレビを見て感じた。

僕はタイに住み始めてもう5年になる。

今までタイに住み続け、ハッキリ言えることは、プミポン国王は、嘘偽りない本当の意味でタイ人から愛されていた国王だということだ。
タイに住む人なら、誰だってタイ人から愛されている人物だったと認識しているだろう。

レストランや食堂、道路、街の至る所に、プミポン国王の肖像画がかけられている。
王様の誕生日には、みな王様を敬愛する意味を表す黄色のシャツで休日を過ごす。

プミポン国王のことを悪く言っているタイ人は聞いたことがないし、本当に国民自らが国王を愛している。
どこかの独裁国家のような嘘で塗り固められた形では決してない。

みながプミポン国王を愛していて尊敬している、
タイ人にとって父親のような存在だと、感じていた。

特にプミポン国王は、今の40代後半、50代、60代の年代から絶大な人気を誇る。
この世代が若かった頃に、プミポン国王はタイで多くの功績を残した。

少し歴史的な話をすると、
プミポン国王以前(ラーマ7世)の国王は、今のミャンマーやカンボジアからタイの国土を守るということで国民から信頼を得ていた。

プミポン国王が即位した1946年からタイは他国との戦争は行っておらず、他国との戦争を行いタイの領土を守る形で人気を博したのではない。

プミポン国王以前の国王とはまるで異なる形で国を統治して信頼を得ていたのだ。
(正確にはカンボジアと国境で紛争等は発生しているが、戦争には至っていない)

プミポン国王は、タイ全土を渡り歩いて、タイの国民の生活を実際に自分の目で見て、タイ人の人生を改善しようと努力した結果が、タイ人から絶大な信頼と敬愛を受ける国王になったのだった。
1970年代、80年代の東南アジア全域で起こりつつあった共産主義を防いだのもプミポン国王のおかげとも言われている。

そして、タイは東南アジアでも随一の発展を遂げる国へと成長した。
隣国であるミャンマー、ラオス、カンボジアと比べても差は歴然としている。
これは、何よりプミポン国王の功績といっても過言ではないだろう。

タイをここまで近代化させたのはプミポン国王なくして成し得なかったとさえ、思っている。
プミポン国王は、本当にタイ人から愛された偉大な人物だ。

プミポン国王が崩御してしまい、改めて偉大さを実感するに至った。

loveking

僕はタイ人ではないので、他国にことに関してとやかく言うつもりはないが、最後に書いておきたいことがある。

これから、タイはどうなっていくのかは僕にはハッキリわからない。
おそらく、タイ人自身も分かっていないのではないだろうか。

なぜなら、プミポン国王は国王として今年6月で在位70年、世界でも最長を誇る国王だった。

今生きているタイ人のほとんどがプミポン国王しか知らない人たちばかりだ。
生まれてから今の今まで国王はずっとプミポンだったという人たちばかりなのだ。

僕はタイに長く住み、この国は本当に良い国だと思っている。
こんなに住みやすい国はないとさえ、思っている。

しかし、良い部分だけではない。色々な問題が存在していることも事実だ。

今までにプミポン国王は数々の政治的な問題を解決してきた。
2000年代のタクシン派との確執によるクーデター、2014年の軍事クーデター。

僕が知るだけでも、そのほとんどの問題で最終的にプミポン国王が問題を解決するに至っている。
タイ人の中でも最終的にはプミポン国王が助けてくれる、解決してくれると思っていた節は強いに違いない。

しかし、これから、タイ人そしてタイという国にはプミポン国王がいない。

本当の意味でタイが微笑みの国なれるか、これからも成長し続けていけるかどうかは、これからのタイ人の行動次第だと感じている。

そして、これからタイ人がプミポン国王がいなくとも、自立した形でタイという国が成長して行って欲しいと強く願う。
明日から僕も喪に服していきたい、プミポン国王に敬意を表したい。

しかし、下を向いているばかりではなく、前も向いて行かなければいけない。

Life Goes Onだからだ。人生は続いていくからだ。悲しんでばかりはいられないのだ。
プミポン国王もきっと前を向いて、微笑んでいるタイ人を見ていたいはずだ。

さぁこれから頑張ろうぜ!タイ人のみんな!

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1 Response

  1. アリサー より:

    タイ人です。
    偶然にこのブログが見つけて、読んで見ると本当に感動しました。
    資格があるか無いか分かりませんが、タイ人代表にさせてタイのことについて書いてくれて本当にありがとうございます。
    これから、次の記事を楽しみます。

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